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コラム - 建築版温故知新(古きをたずねて新しきを知る)

歴史的建造物について(後編)

五重塔

前回に引き続き、古建築の受難の時期について述べたいと思います。比較的近いところでは、明治初期の神仏分離令に端を発した廃仏棄釈(仏像を打ち壊し経典を捨てる)による仏教寺院の荒廃や戦災が筆頭格です。廃仏毀釈ではいくつもの寺院が廃止されましたし、興福寺に至っては、五重塔が二束三文で材木商に売却されました。幸いなことに解体にあまりに多額の費用がかかることが判明したため、この材木商は五重塔を放棄しました。これが今日見ることの出来る国宝の五重塔です。その後、東京大学に哲学教授として来日していたフェノロサが、荒廃した各地の古社寺で貴重な仏像などを見出したことを契機にして、古社寺保存の必要性が認識され、様々な法整備(古社寺保存法など)が成されるようになりました。よく古いお寺などで、重要文化財のはずなのに国宝と表記されているのを目にすることがありますが、戦前の古社寺保存法では重要文化財と国宝という区別は無く、全て国宝とされていました。戦後、現在の文化財保護法が制定され、新たに指定され直した結果、国宝と重要文化財に分かれたものです。ですから、先の例では、昔の表記を修正していないか、意図的に古い表記にしているかのどちらかです。フェノロサは岡倉天心らとともに美術学校(現・東京芸術大学)を創設するなど、日本美術の興隆に尽力したことでも有名です。

戦災では、空襲などで東京をはじめ、多くの都市が灰燼に帰して、同時に多くの古建築が失われました。名古屋城とその御殿はS20年5月の名古屋空襲で炎上し、広島城は原爆で吹っ飛びました。そして、今日では経済性の名のもとに古い建造物が建て替えられてどんどん姿を消しつつあります。歴史大好き人間としては大変残念なことと思っています。日本は世界の中でも古く立派な歴史を持っていますが、その割りに国民の歴史に対する認識が薄いように思います。ヨーロッパやアメリカでは、歴史の浅い国でも(だからこそかもしれませんが)歴史的建造物に対する愛着は相当なものです。欧米ではファサードを保存しながら建て替えるということを普通に行っています。これは最近やっと日本でも良く行われるようになりました。第二次大戦で徹底的に破壊されたワルシャワの町を昔の絵を元に忠実に復元する(現在のワルシャワの街はこうして建設されたのですが)、というようなことを我々日本人は全く考えようとはしません。それが良いか悪いかは別としても、欧米の感覚では、都市や町並みの記憶は自分たちの心の拠り所(アイデンティティ)になっているのではないでしょうか? ですから、古い街並みに固執することになるのだと思われてなりません。

残念(個人的に)なことに日本では、第二次大戦の敗戦によって歴史認識に微妙な距離感が持たれていて、さらに高度成長期に「新しいものは常に良い」という概念が出来上がり、古いものにこだわりがなくなってしまったのかもしれません。経済的にスクラップ&ビルトが出来なくなってきた現在、レトロなものへの回帰が起こるのも当然かもしれませんが、より積極的な意味でも、古建築を通じて、時代の波をくぐり抜けてきたクラシック(本来はクラスの形容詞で一流のという意味を表す言葉)なものの良さを知って欲しいものです。時間の力というものは非常に強く、時代による価値観の変化と共に消えていってしまうものは数限りなくあります。残り方は様々ですが、長い時間に耐えて残ったということそのことだけでも、価値があるということを理解して頂きたいのです。

次回から、様々なテーマで建築史の面白さをお伝えするべく努力したいと思いますので宜しくお付き合い下さい。

 
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