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コラム - 建築版温故知新(古きをたずねて新しきを知る)

緊急特別編「世界貿易センタービルとミノル・ヤマサキ」(前編)

「世界貿易センタービル及び関連するテロ(同時多発テロ)によって亡くなった全ての犠牲者に哀悼の意を表します」

前回の「住宅の歴史」の原稿をホームページに載せるべく作業を始めた頃に、思いもかけない悲劇的なテロ事件が発生しました。その後もタリバンへの攻撃など、暴力が暴力を生む懸念が現実のものとなっていますが、詳細は既に御存知の通りです。このコラムでは「建築版温故知新」のコンセプトに従いまして、世界貿易センタービルとその設計者であるミノル・ヤマサキについて記してみたいと思います。

世界貿易センタービルは1973年、日系アメリカ人建築家ミノル・ヤマサキの設計によって完成しました。110階建てで高さ411mの威容は、当時世界最高を誇りました(2年後にはシカゴのシアーズタワーに抜かれてしまいますが)。ウォール街などの金融の中心地に隣接する立地ですが、かつての船が花形であった時代の栄光に対して、寂れてしまった海沿い近くの地域を活性化する再開発として計画されたものでした(さらに海沿いの一帯は1980年代にワールド・ファイナンシャル・センターとして再開発されました)。当時はモダニズムの一種と言って良いと思いますが、インターナショナル・スタイル(同じ機能ならば世界中どこにあっても同じスタイルであるべきだと主張するデザイン)が一世を風靡した後の時期にあたります。周辺には、ネオ・クラシシズム(ネオ・ゴシックなどの新古典主義)やアール・デコの高層ビルと並んで、インターナショナル・スタイルの豆腐に目鼻のようなカーテン・ウォールで囲まれた四角いビルをいくつも見ることが出来ます。

ハドソン河上空より世界貿易センタービル

ハドソン河上空より世界貿易センタービル
手前中央がワールド・ファイナンシャル・センター
中央右手奥がウォール街方面

マンハッタンは南端から開発が進んだ島ですが、そのためか、初期に成立した南部(ローアー・マンハッタン)は道路や街並が複雑で、その後に開発されたミッドタウン(中心部)から北のように、碁盤の目のようには整備されていない地区が多くあります。ウォール街もニュー・アムステルダム(ニューヨークの前身の名、当初はオランダ人入植者が原住民から購入した土地だった)として成立した地区の北端の防護柵があった所から付いた名前と言われています。ロックフェラー・センターやエンパイアステートビルなど、1920年代の大恐慌前の繁栄期から、マンハッタンの中心部は南部からミッドタウンに移っていました。世界貿易センタービルはそのかつての栄光を南部に取り戻すための決定版だった訳です。その結果として世界貿易センタービルが担うことになった世界の金融の中心としての役割を考えると、今回の悲劇の意味がより一層理解できます。

世界貿易センタービルのデザインは、遠くから見るとインターナショナル・スタイルのオフィスビルとなんら変わりがありません。しかし、近くで見たことのある方ならお分かりと思いますが、細い方立(マリオン)を縦に並べた繊細な外壁と、ゴシック建築の尖頭アーチを思わせる足元の処理など、細かいデザインが施されているのです。これこそ設計者のミノル・ヤマサキのデザインパターンと言う事が出来ます。残念ながら世界貿易センタービルはあまりに巨大すぎて、細かいディテールに目が向かず、ヒューマン・スケールを遥かに超越した規模に圧倒されることになってしまって、個人的には残念に思います。模型をそのまま大きくしたような感覚を払拭出来ないのも、そのせいかもしれません。

足下より見上げた世界貿易センタービル

足下より見上げた世界貿易センタービル

世界貿易センタービルが一気に崩壊する映像にショックを受けた方も大勢いらっしゃると思いますが、その理由については既に新聞やテレビで紹介されているので、ここでは簡単に記します。世界貿易センタービルのバードゲージ(鳥かご)と呼ばれる独特の構造(チューブ構造とも言われる)は、ミノル・ヤマサキがオフィスビルの設計のために導入したものです。エレベーター・シャフトなどのコア部分と、外壁までのスペースを無柱のフレキシブルなユニバーサル空間とするために、協働していた構造家ジョン・スキリングとの作業の中で完成されたシステムと言われます。すべての柱を必要最小限まで細くし、最も合理的な形態にすることに苦心したミノル・ヤマサキの一つの回答がバードゲージでした。世界貿易センタービルでは、コア部分の44本のボックス柱と外壁のベアリング・ウォールと呼ばれる細い方立にしか見えないボックス柱(45cm角、約1m間隔で240本)によって鉛直力を負担し、床と接合することで風圧などの水平力にも耐えられる鳥かごのような構造体に仕上げる事で生み出されています。世界貿易センタービルの実際の工事では、外壁をプレハブ化して3本の柱を高さ3層分のユニットにしたものを、千鳥に順次積み上げて建設されています。崩壊時の写真で、ちょうど一つ分のユニットほどに破壊されて落下してゆく映像がありましたので、御存知の方もいらっしゃるかもしれません。

飛行機の激突による破壊と、満タンの航空燃料などによる猛烈な火災で、耐力の落ちた柱が上部の重さに耐えられず床に落下すると、床はその荷重に耐えられず抜けてしまいます。その結果、外壁を拘束していた床がなくなるため、外壁柱は簡単に座屈してしまいます(内側に引きずり込まれます)。この連鎖反応で一気に崩壊したと見るのが分かりやすいのではないでしょうか。その証拠に、外側にバラバラと崩壊するのではなく、内側に崩れ込むように崩壊していることを見ても分かると思います。極限まで合理化して、全体で支える構造は、一部の崩壊に弱かったのかもしれません。鉄骨は八幡製鉄(当時、現新日鉄)などの日本企業から納入されたものですが、建設当時の写真を見ると、日本では考えられないほど簡単な接合部や華奢な鉄骨です。ニューヨークは地震が無く、ハリケーンも少ないため、水平方向の荷重が少なく計算されているためと思われます。ただ、構造的にはある意味で非常に安定しているので、今回のような大型旅客機が高速で突っ込むという想定外の(構造設計者は大型機ボーイング707の衝突を考慮していたとの話もありますが)事件がなければ、今後100年でもその威容を誇り続けたでしょう。

字数が尽きましたので、今回はここまでにして、次回は設計者ミノル・ヤマサキその人について語りたいと思います。

 
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